撮り散らかし鉄の記憶

撮り散らかした鉄道写真の中から記憶に残るシーンを

阪急 正雀車庫(2011.5.2) 602 復元保存車

2020年05月29日 21時36分01秒 | 阪急
9年前に、阪急 正雀車庫で復元保存車の600形を撮りました。
1枚目は、正雀車庫内に留置された602のポール側です。



2枚目は、602のパンタグラフ側です。



600形は、1926年に制御車800形とともに電動車として17両が登場しました。
800形は1928年にも1両が、事故復旧の代替車として登場しています。
川崎造船所で製造された日本初の大型全鋼製車両で、深い丸屋根、リベットの多い車体、魚腹式台枠などの車体構造が特徴です。
川崎造船所をメーカーとする全国の私鉄向け同型車がこの時期に登場しており、川造型と呼ばれています。

登場時には神戸線の特急でも活躍しましたが、920系の増備により神戸線運用は減少して今津線でも運用されました。
1951年から車体更新工事が開始されて、広幅貫通路を設けたMc+Tcの2両固定編成となました。
1952年の宝塚線規格向上工事の進捗により、宝塚線での運用も開始されました。
制御車の電動車化、或いは、逆の改造も行われていましたが、1953年に車番が整理されて、電動車は600形、制御車は650形となってます。

神宝線の架線電圧1500Vへの昇圧時には昇圧対応工事の対象車となっています。
昇圧工事の前後からに今津線への転属し、自分が幼稚園の頃に4両編成で運用されていた光景を記憶しています。
後に伊丹線などで610系の中間車としての使用されており、小学生の頃に見掛けた記憶があります。

1974~75年に全車引退しましたが、602は川崎造船所を前身とする川崎重工業 兵庫工場で保存されていました。
2010年12月に川崎重工業から阪急に譲渡されて、登場時の姿に復元されました。
5/8に開催された春の阪急レイルウェイフェスティバルでは、復元後の姿が公開されました。
この日は公開前に、正雀車庫内に留置されている光景を記録できました。
なお、公道から撮ってますが、最近、公道との間にフェンスが設置されたようで、今ではこのような写真は撮れないようです。


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