所有事業者:南アルプス急行 (山梨)

仕様・用途:観光貸切仕様

登録番号:山梨230 あ 1717

初年度登録:1989年

シャシー製造:いすゞ自動車

搭載エンジン:いすゞ10PC1型

車体架装:富士重工伊勢崎

車体型式:富士重15型 UFC

車両型式:P-LV719R

車名:いすゞスーパークルーザーUFC

撮影日:2012年7月7日 (土曜日)

撮影場所:晴海埠頭 (※)

※・・たぶん

 

「今日の1枚」 では滅多に取り扱わない新免業者。もはね用語で 「オレ流バス」 と呼ばれる神出鬼没の事業者ですが、車に惹かれて取り上げたようなものです。

南アルプス急行は、社名が示すように、山梨県南アルプス市に本社を構える業者。でも、公式ホームページは何らかの理由で削除されていまして、それ以上の検索は不可能でした。

 

1986年、いすゞ自動車はそれまでのLV2系をモデルチェンジして、新たに 「スーパークルーザー」 というネーミングを与えました。当初はスーパーハイデッカーのみの設定で、遅れてハイデッカーも設定されました。

1980年代、輸入車に端を発する 「二階建てバスブーム」 は、国内各メーカーにも影響を与え、いすゞを除く3社は国産二階建てバスの発売にこぎ着けます。いすゞは自社で二階建てバスの開発は行わず、提携する商事会社とのコラボで西ドイツ (当時) のドレクメーラー社が生産する二階建てバス 「メテオール」 を輸入し、いすゞを支持する事業者に納入していましたが、その水面下でいすゞは新たなバスの開発に着手していました。それが床下運転席仕様、いわゆる 「アンダーフロアコクピット (UFC) 」 でした。

 

アンダーフロアコクピットは、既に輸入車ではある程度の市民権は得ていましたが、国内市場では未知の世界でした。同じ高床式でも運転席と客席は一体化している仕様が本命だと位置づけられていたからです。そういった “未知の世界” に敢えて挑戦したのがいすゞで、車高は日本国内の規定に収めつつも、スーパーハイデッカーと同じ車高ながら、客室高さは1,985mm、客席全長は11,050mmと国産のバスとしては破格の居住性を実現し、1989年に発売を開始しました。

当初は標準設定のアイ・ケイ・コーチ製のボディのみ対応可でしたが、同年末には富士重工製ボディもラインナップされます。納入した事業者の多くは、この車を貸切車のフラッグシップと位置づけていました。特に大阪の中央観光バス (現、ジパング) は同社独自の仕様を盛り込んだ特別仕様車をワンオフで発注。客席窓が独立したその独特な風貌はスーパークルーザーUFCの中でも最高峰に位置づけられました。

1990年代に入って、日野を除く2社がアンダーフロアコクピット仕様のモデル (三菱ふそうエアロクィーン・Ⅲ、日産ディーゼルスペースウィングSVD) を送り出しましたが、いずれもデリバリー的には振るわず、この分野ではいすゞの圧勝だと思われます。

 

画像は非公式側からの撮影ですが、型式はP代だそうです。エンジンルーバーが二分割されているので、U-LV771Rと断定するサイトもありましたが、どうもこの個体は1989年式らしい (その論が複数ある) 、普通に考えてもP代と考えるのが正解なのかなと思います。とすれば、UFC最初期のモデルということになります。

聞けば、元、都観光バスが持っていた個体とのことですが、同じ山梨の三都交通が出自である論もあります。都→三都→南アルプスという流れなんでしょうね、きっと。

 

一時代を築いたUFCも、今は殆ど見ることはありませんが、やっぱりアンダーフロアコクピットはかっくいいですよね。

 

【画像提供】

バスラマインターナショナル No.116、117 (いずれもぽると出版社 刊)