非常事態宣言が全国に出されるに至り、
「#家で過ごそう」はまだまだ継続中です。
そんななか私は「CRW」に撮影に行ってきました。
外出自粛中に……!#セルフロックダウン!#家で過ごそう!って言っているのに…
我が家は里山の一軒家で、敷地内に大きな物置がありますが、そこに
CRW…Cavachoco Rail Way
のジオラマがあります。ですので新型コロナの影響を受けずにNゲージ鉄道模型運行をする事が出来ます。
ほぼ11か月前に「特急ゆうづる」の紹介をしましたが、その後まもなく「急行みちのく」の編成が入線していました。またC62も、C6222・C6223・C6224の3両入線していましたので、
C62重連「202レ急行第一みちのく」
の運行も可能となります。
今回、11か月ぶりに「CRW」の運行&撮影となりました。
「#家で過ごそう」【鉄道模型】CRW撮影シリーズ
の始まりです。
C62重連「202レ・第一急行みちのく」をS字で撮った編成写真から。
1、C6222+C6224 10系40系60系客車13B 202レ「急行第一みちのく」 咲花駅発車。
編成は、平←C6242+C6244+スハフ422294+スハ432452+オロ612072+オロ612044+スシ482012+ナハ112101+ナハ112085+スハ432449+スハ432462+スハ432463+スハ422244+オハ472093+オハフ452018→仙台
※急行みちのくについて「KATO」の資料より抜粋。
急行「みちのく」は戦後復活した急行201、202列車に端を発する、いわゆる東北方面の名門急行です。昭和25年(1950)に「みちのく」と命名され常磐線経由で上野~青森間を昼行で結び、命名当初より半室ながらも当時貴重な食堂車を連結していた事が名門急行の証です。
(中略)
昭和40年(1965)10月ダイヤ改正以降のC62「ゆうづる」の時代になると、常磐線の客車急行は「十和田」に愛称統合されていきますが、「みちのく」は別格で気動車1往復が増発された上にその名称が生き残ります。また改正以降1年間の期間限定でしたが、回送ながらもC62が重連で「みちのく」を牽引する姿が見られたのも特筆されます。
昭和43年(1968)、客車1往復は「十和田」に統合され、気動車1往復のみの運行となり、昭和45年(1970)に特急「はつかり」への格上げで一旦その名は消滅します。しかし、昭和47年(1972)に583系による運行の昼行特急として「みちのく」の名は復活し、昭和57年(1982)の東北新幹線開業まで走り続けました。
※添付資料の写真から
CRWを運行する様子を撮影します。
2、C62の基地、咲花機関区です。
給炭中「C6222」 車庫には「ゆうづる」のHMの「C6223」、重連本務機の「C6224」
3、給炭中の「C6222」
4、入庫中の「C6223」と「C6224」。
出庫して「C6222」と「C6224」重連で「急行みちのく」を牽引します。
5、C6222+C6224重連 202レ「急行第一みちのく」 山中駅を通過。
編成が長くてこの画角には収まり切れませんでした。
CRWだから可能。C6223牽引 6レ「特急ゆうづる」が「急行第一みちのく」を追い抜きます
6、C6223+20系13B 6レ「ゆうづる」 山中駅通過。
20系「寝台車」を従え、最後のSL特急はやってきます。
7、C6223はヘッドマークも鮮やかに軽快に走ります。
注:実際の運行時間はまったく違うため、C62特急「6レゆうづる」がC62重連「202レ急行第一みちのく」を追い抜く事はありませんでした。キハ82系特急 「2Dはつかり」も青森発車が4:35で5:05の「202レ第一みちのく」の先行でした。
6レ特急ゆうづる…仙台 3:50→平 6:05- 6:12→上野 9:25
2D特急はつかり…仙台10:23→平12:27- 12:31→上野15:15
202レ急行第一みちのく…仙台13:05→平15:41-15:51→上野19:10
※交通公社時刻表 昭和40年(1965)10月号より。
350ページを開いて写真に撮ったので、見づらくなっていますが、
左4列目が「2D特急はつかり」、右から2列目が「202レ急行第一みちのく」です。
※CRWを運行する「202レ・みちのく」の動画です。
本日はCRW C62重連「202レ・急行みちのく」でした。
「#家で過ごそう」はまだまだ続きます。CRWの運行は今後も続く予定で、「Myライブラリーから」と2本立てで紹介する予定をしております。今後ともよろしくお願いいたします。