第1353回('20) 南武線の川崎市内駅と小田急線の都内駅を数駅ずつ降り鉄 | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。


 
前回の続き…
 
2019年3月20日~22日の3連休は、
新型コロナウイルス感染拡大による混乱のさなか、2泊3日の日程で東京遠征を敢行しました。
これが2020年初めての乗り鉄となりました(乗り鉄以外の所用では既に鉄道を利用しています)。
 
新型コロナウイルス感染拡大による自粛ムードが広がっていて、今回の乗り鉄をすべきか否か最後まで迷いましたが、
列車内での感染例が見られなかった事、今回の私の乗り鉄での主な活動内容が「降り鉄」で、気密性の高い列車内より気密性の低い駅での滞在時間の方が長くなる事、そしてマスクやアルコール消毒液を用意した上で手洗いなどの対策を行う事により、実行に至りました。
しかし、東京都ではその後感染者数が急増した事から、今回遠征を強行したのは失敗だったかな…と思ったりもしています…。
 
三連休の東京は、思ったより外出している人が多くて驚いた一方、観光客は少なく外国人はほとんど見られませんでした。
宿泊したホテルも半分以上は空室でした。
 
今回は初日(3月20日。春分の日)終盤の内容です。
東急田園都市線のリベンジ訪問を終えた後は南武線に戻り、武蔵溝ノ口駅と登戸駅の間にある各駅を降り鉄しました。
登戸駅からは小田急線に乗車し、前回訪問時と比較して駅前に変化のあった下北沢駅と代々木八幡駅を訪問して新宿駅まで行きました。
そして新宿で夕食を済ませ、中央・総武緩行線に乗り、ホテルのある浅草橋へと移動してこの日の乗り鉄・降り鉄を終えました。
 
今回の日程 2020年3月20日  (金・祝)    【その3】
 
つくし野1456(東急田園都市線・各停)1458長津田1501(急行)1517溝の口/武蔵溝ノ口1531(南武線・1551F)1533津田山1553(1553F)1555久地1611(1507F)1613宿河原1626(1661F)1629登戸1642(小田急小田原線・快急)1650下北沢1712(各停)1717代々木八幡1728(各停)1733新宿1824(中央総武緩行線東行・1828B)1844浅草橋
 
【宿泊】
 
東急田園都市線・つくし野駅からは、14時56分発の各停・渋谷行きに乗車しました。東急線内で完結する列車ですが、車両は東京メトロ半蔵門線の08系10連でした。車内はガラガラで、新型コロナウイルス感染対策のため一部の側窓が開いていました。私は最後部車両で着席して長津田検車区を眺め、次の長津田駅で下車しました。
 
長津田駅では先発の急行・大井町行きに乗り継ぎました。6000系7連で、編成が短い事もあり最後部車両はほぼ席が埋まっていたので、私はドア脇での立席を選択しました。道中は車窓風景を眺めていましたが、停車駅ごとに乗客が増えて軽い混雑状態になりました。満員電車は新型コロナウイルスの感染リスクが高いと言われていますが、まぁ今まで満員電車で感染した例が見られず、また電車は換気がなされているので心配はしていませんでした。そして私は南武線との乗換駅である溝の口駅で下車しました。
 
 

 
溝の口駅で下車後は南武線の武蔵溝ノ口駅へと移動し、南武線の一部駅を降り鉄していきます。最初は15時31分発の各駅停車・立川行きに乗車しました。E233系6連で、乗り込んだ最後部車両は半数ほど空席があったので着席し、水分補給をしました。そして2分の乗車で到着した津田山駅で下車しました。昨2019年に橋上駅舎になったばかりで、南口は未完成でした。北口駅前は幹線道路に面していて、道路は渋滞していました。また、駅南側には川崎市営緑ヶ丘霊園があり、かなり規模が大きいです。3月20日は春のお彼岸の最中で、お墓参りの人も多いはずなのですが、新型コロナウイルスの影響か墓参の人は少ない印象でした。
 
 

 

 
津田山駅からは15時53分発の各停・立川行きに乗車(E233系6連)。この電車も最後部車両は半数ほどの席が空いていて、着席して車窓風景を眺めて、次の久地駅で下車しました。私鉄買収路線の面影が残る駅構造で、改札口は上り線ホームに面した1ヶ所でした。駅前には府中街道が通っており、南武線とは踏切で交差しているため常に渋滞していました。
 
 

 
久地駅では16時11分発の各停・立川行き(E233系6連)に乗りました。この電車の最後部車両は乗車率が高く、空席は僅かだったので私はドア脇での立席を選択し、道中は車窓風景を眺めました。そして私は隣駅の宿河原駅で下車しました。この駅は下り線ホームに面して駅舎があり、住宅街の中の駅前風景といった感じでした。また、改札外跨線橋を渡り北側へ回ると、いかにも廃線跡のような鉄道カーブを描いた道路がありましたが、地図を見ると多摩川まで伸びており、どうやら砂利採取線だったようです。
 
 

 

 
宿河原駅からは16時26分発の各停・立川行き(E233系6連)に乗車しました。最後部車両は半数以上の席が埋まっていましたが私は着席し、水分補給をして次駅の登戸駅で下車しました。登戸駅下車をもちまして今回の南武線乗り鉄・降り鉄を終えました。
 
 

 
登戸駅では小田急線の駅へと移動しましたが、小田急線の登戸駅は「ドラえもん」とコラボしていて楽しいです。
 
 

 
入場後は16時42分発の快速急行・新宿行きに乗車しました。3000形の10両編成で、最後部車両は若干の空席がありましたが、久しぶりの小田急線乗り鉄で車窓風景を眺めたいのでドア脇に陣取り、延々と車窓風景を眺めていました。近年の降り鉄では各駅停車に乗車する事が多いため、何駅も通過していくのは痛快でしたw 快速急行はドアが開く機会が少なく空気循環が心配な面もありますが、窓が開いていたので問題ありませんでした。そして電車が地下区間に入ると下北沢駅に到着し、私はここで下車しました。前回訪問時に撮影漏れがあったので今回はリベンジ訪問です。いつの間にか駅ビルが完成し、「シモキタエキウエ」という商業施設がオープンしていました。また、駅前は結構人が多い印象でした。
 
 

 

 
下北沢駅からは17時12分発の各停・新宿行きに乗車。3000形8連で、乗車した最後部車両は大半の席が埋まっており、私はドア脇へ。地上に出ると車窓風景を眺めましたが、2駅目の代々木上原駅で相当数の乗客が下車して多くの空席が発生したため私は着席して水分補給をしました。そして私は3駅目の代々木八幡駅で下車しました。前年以来の訪問となります。橋上駅舎と山手通りを結ぶ通路が前年末に完成したので撮影しましたが、駅の工事はまだ続いていました。
 
 

 

 
代々木八幡駅では後続の各停・新宿行き(17:28発)に乗りました。3000形8連で、最後部車両はガラガラでした。私は着席して、夕暮れ時の車窓風景を眺めて道中を過ごし、終点の新宿駅まで乗り通しました(17:33着)。
 
 

 
新宿駅到着後は京王線の改札口などを回ってから地上に出ましたが、人は多かったものの、いつもの休日よりは少ない印象でした。私は都営大江戸線・新宿西口駅近くにある中華料理チェーン店「福しん」に入り、夕食を済ませました。東京在住の弟が「福しんは美味しい」と言うので、初めて「福しん」で食事をしました。餃子定食500円を注文しましたが、100円をプラスすると定食に付いてくるスープを半ラーメン(メニュー名は「おともラーメン」)に変更できるとの事で、私は「おともラーメン」に変更しました。餃子は小さく、味も「餃子の王将」には及ばないもののまあまあ美味しく、合格点でした。また、ラーメンは「餃子の王将」よりはるかに美味しく、写真のメニューで600円、そして美味しいとあれば十分でしょう。コストパフォーマンス、味の面とも申し分ないです。今後、東京遠征の際は「福しん」を利用する事にしました。今度は別のメニューも注文したいですね。
 

 

 
夕食後はJR線の新宿駅へと移動し、18時24分発の中央総武線各駅停車東行・千葉行きに乗車しました。前の列車が発車した直後にホームに着いたため先頭に並んでおり、その結果最後部車両で着席できました。しかし乗客は少なく、この時間の列車にもかかわらず空席が少々ありました。また、既に夜になっていますが窓は一部開いていました。道中はスマホを操作して過ごしていました。さすがに御茶ノ水駅からは立客も増えましたが、混雑とは程遠い状態でした。秋葉原駅を過ぎても同様でした。そして私は18時44分に到着した浅草橋駅で下車しました。この日の乗り鉄・降り鉄はこれにて終了です。
 
 

 
浅草橋駅で下車後は駅を出て、コンビニで買い出しをしてから連泊をするホテルにチェックインしましたが、リストがチラッと見えたので覗くと、宿泊客が少ないのが見て取れました。このホテルでは半数のフロアを閉鎖状態にしていました。いつもの三連休は満室だったのに、新型コロナウイルスの影響は計り知れないです…。
チェックイン後は部屋に入り、とっとと入浴を済ませてテレビを見ていましたが、ニュースは新型コロナウイルス関連ばかりでした。この日は吉村大阪府知事が兵庫県との往来を自粛するように求めたニュースが東京でも大きく報じられていたのが印象的で、今思えば東京ではコロナを人ごとのように思っていたかもしれません…。その後の東京の状況はご覧の通りです…。
あまり夜ふかしすると免疫力が落ちるので、22時頃には就寝しました。
 
 
(つづく)
 
 
今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません
 
 
(参考:Wikipedia)