こんばんは。

今日はNゲージ鉄道模型 先日入線したKATO EF71を弄ってみました。実車写真も出てきます。

 

右が今回弄った機関車です。導入時は4号機だったのが、5号機にすり替わっています(笑)。エアホース、ジャンパ栓ケーブル類も再現しました。

左は以前から在籍している7号機、こちらはまだ弄っていません。

 

入線時の記事→ Nゲージ KATO EF71増備車入線、DCC化

で5号機が良いんだけど機番の収載が無いから4号機にした と書きました。4号機も結構撮っているんですが..

 

初めてEF71を撮ったこの写真、50系2連をEF71重連が牽引する客レの先頭が5号機

1989/08 奥羽本線 赤岩-庭坂 422レ

 

EF71の運用終了直前、最後の”走り”撮影となったこの列車の牽引も5号機だったんです。

1991/08 奥羽本線 赤岩駅付近 435レ

山形新幹線工事で庭坂-板谷間単線運転が行われていた頃、既に右側の線路は標準軌になっているのがわかります。

 

 

以前Upしたこの写真、陽の長い時期は夜が明けてから板谷峠へ入って行く12系夜行急行、唯一撮影できたこの列車の牽引も5号機でした。

1991/05 奥羽本線 庭坂-赤岩 8407レ 臨時急行ざおう(2枚とも)

 

この他にも撮ってますが、何かと印象に残るシーンでやって来た機関車が5号機、この機番にしたい と思った次第です。

 

そこで、写真のコレ を使って改番しました。以前買っていたレボリューションファクトリー品番026はTOMIX用で全然サイズが合わずでしたが、この品番4452はピッタリ でした。

0.2mm厚のプラ板を貼った上からこの機番プレートを貼付け、少量の希釈したゴム系接着剤を使っています。これでボディーとほぼレベルになりました。

ジャンパ栓ケーブル、エアホース類の取付は実車写真を参考に行いました。

 

写真1枚目が下り方2End、この写真は上り方1Endになります。こちらは上りの実車写真を参考に、ケーブル、ホース類の取付位置は随分と異なります。左側、電暖用KE3開放栓ケーブルとエアホースの位置が微妙で苦労しました。先日のDD51744と同様、エアホースはTOMIXのPZ-001、連結器脇のブレーキ管のみは銀河モデルN-105を使用しています。KE3開放栓ケーブルは0.43mmエナメル線です。

 

更にパンタに銀の色挿しをしています。ペイントマーカーのシルバー塗料を筆塗りしています。

郡山工場出場車の伝統”銀パン”を再現するにはこの塗料 と思っています。

私の塗装の腕ではウェザリングが出来るようになるのは当分先の話 と思うのでこうしています。

奥の未施工車との違いがハッキリ です。

 

これで”弄り”..整備は終了。DCC-IDも714から715に変えて運用開始です。もう1両のEF71,及びED78 2両も弄って、場合によっては改番もしようかと思っています。

何度も書きますが前面窓の内側に見える四角い枠 ; デフロスタ表現 これ要らないんだけどなー。私の知る頃の実車には付いていませんでした。KATOホビセンのグレードアップパーツあたりでデフロスタ無し窓、発売されないでしょうか?ED78,ED75 1000も含めて私は大量に必要です。

また、気づいていて手付かずなのが運転室側面の窓、末期のEF71,ED78は多くがユニットサッシ化されていた筈ですが、模型は原型窓です。登場時は原型窓、どこかで改造されたものと思われます。ED75をユニットサッシ化した例もありますがもうパーツも在庫無し、どうしよう? と思案中です。(EF71 4号機は実は貴重な原型窓、7号機はサッシ窓でした。)

 

板谷峠を行き交ったEF71,ED78 来年で運行終了から30年になります。

私が撮影できたのは末期の2年余り、夜行座席急行”八甲田”で福島下車、夜中に到着しちゃうので暫く時間を潰してから庭坂まで2駅歩いて夜明け前の列車から撮影..なんてムチャクチャを何度かやったのもいい思い出です。

模型ではできるだけ当時に近い姿で走らせて行こうと思います。

 

以上Nゲージ鉄道模型&実車 EF71 5号機化の話、最後までご覧いただきありがとうございました。

 

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