令和2年元日の燦々と輝く初日(はつひ)のもと
JR児島駅から瀬戸大橋線の路線バスに乗り櫃石島に上陸
岡山県と香川県を結ぶ瀬戸大橋の橋脚となった5つの島のなかで人が暮らす3つの島
櫃石、岩黒、与島と路線バスを乗り継ぎ、各島を探訪しながら与島南端の浦城地区までやって来ました
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今から1万年前の旧石器時代までは、本州と四国は陸で繋がり、瀬戸内海の大部分は湿原でした
当時の瀬戸内海は幅10kmの大地溝で、四国側と山陽側から流れ込む河川を受けて大河が東西に貫流し、本四架橋の島々はそれを横断する分水嶺だったそうな
私たちの祖先は五色台で産する讃岐岩(サヌカイト)を求めて、鷲羽山から坂出へと尾根伝いに・・・
現代の瀬戸大橋と同じ児島坂出ルートを辿っていたのかも知れませんね
備讃瀬戸を歩いて行き来した生活は、内海に海水が浸入(縄文海進)して瀬戸内海が誕生する沖積世(約1万年前)まで続きました
昭和29年、鷲羽山久須見鼻で西日本初の旧石器遺跡発見のニュースが全国を駆け巡ります
我が国初の旧石器遺跡である岩宿遺跡(群馬県みどり市)の発見から5年後のことでした
3万年前から1万年前までは旧石器時代と呼ばれていますが、
この時代の遺跡が瀬戸大橋建設に伴って多数発掘調査されました
与島西方遺跡で約13万点、羽佐島遺跡で約35万点を数える膨大な数の石器やその破片が出土しましたがそのうちの98%がサヌカイト(カンカン石)でした
瀬戸内海が誕生した縄文時代以降は、舟で海を渡ってサヌカイトを求めるようになり
五色台に代って金山のサヌカイトが用いられるようになったそうな
分布図は坂出市HPより
リンク⇒ 1988ブリッジウォーク④
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与島から南方には、番の洲埋立てによって坂出から陸続きとなった沙弥島もあります
1953(昭和28)年に坂出市に合併する迄は櫃石島、岩黒島、与島、瀬居島、沙弥島は与島村で与島地区5島と呼ばれて居ました
1965年から1972年にかけて、沙弥島と瀬居島の周辺に広がっていた浅瀬(番の洲)を埋め立てて臨海工業団地を造成
沙弥島は1967(昭和42)年12月、瀬居島は1968(昭和43)年に陸続きとなります
沙弥島にも、島のあちこちに旧石器・縄文・弥生時代の遺跡や古墳が多く残っているそうな
さてさて
今から約1万年前まで陸続きで、大河を横断する分水嶺だった本四架橋の島々を岡山側から与島まで辿って来ました
ご訪問頂きましてありがとうございます
前回の与島 瀬戸大橋夢の跡からの続きで最終回になります
塩浜地区の塩田跡に繰り広げられた瀬戸大橋架橋による夢の跡を探訪
与島の中央部を抜けて浦城集落までやって来ました

16:19 O
浦城泊りから鍋島と南・北備讃瀬戸大橋
鍋島は防波堤で繋がって与島から陸続きになっています
鍋島からも更に防波堤が伸び与島港3号防波堤灯台が建ってます
16:22 Q
鍋島へ続く防波堤を渡っていると
浦城港越しに隣の小与島が見えます
採石跡のシルエットの浮かぶ小与島にはササユリが自生しているそうです
昭和30年には190人が暮らす島でしたが、前回の国勢調査(平成27年)では1夫婦のみの2名とのこと
画像は日本の島へ行こうより
島の北端にはホテルアクア小与島が建っています
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瀬戸内海で最も古い歴史を持つ鍋島灯台
日本の灯台の父と呼ばれるイギリス人技師ブラントンが手掛けた日本で7番目に古い灯台です
明治元年から8年間の間に北海道から九州までの全国各地に26の灯台を築いたブラントン初期の作品で、
コンクリートが普及する以前の明治初期、この灯台は地元産の花崗岩を積んで建てられました
石材産地の優れた石工によって造られた石造り灯台は
建造から150年近く経ちますが竣工当時のままの姿を保っています
灯台と同じくブラントンの設計による石造りの退息所(灯台職員宿舎)も1873(明治6)年に竣工しましたが、
1991年に無人化され、高松市の四国村(四国民家博物館)へ移築保存されているそうな
四国村に移設された旧鍋島灯台退息所
初点記念銘板
北備讃瀬戸大橋と北橋台
退息所等を移設した跡のスペースが空いてるのが寂しいですね
16:28
与島北部の北浜地区から与島小学校跡の丘を越えて浦城経由で鍋島までやって来ました
これから穴部地区を通って瀬戸大橋を潜り与島PAへと向かいます
灯台カードは鍋島の正規の入口でゲットできますが・・・
ここから先は鍋島灯台の一般公開日以外は施錠してあって通れません
鍋島は残念ながら安全の為、立入禁止となっていました
鍋島灯台「HPによるバーチャル見学会」は⇒こちら
坂出市観光協会によると
一般公開(見学)
鍋島灯台のある鍋島には、安全の為立入れませんが、年に一度、灯台の日(11月1日)前後の日に一般公開されています。
一般公開の日は毎年10月下旬頃に、海上保安庁のWEBページで発表されます
一般公開日には灯台内部の見学も出来るようです
鍋島から南北備讃瀬戸大橋
三ツ子島の一部が削られて北備讃瀬戸大橋橋脚(3P)が建ってます
「惜しみても余りある 美しの島 三ツ子島 二面島」
瀬戸大橋起工式前の昭和53年9月12日
備讃瀬戸の真ん中に浮かぶ二面島の磯で、与島の氏神、天津神社の氏子が集まって別れの奉告祭が執り行われました
「底つ岩根に固めたる橋台の破るることなく、並び建てつる橋脚の傾くことなく、引き延べたるつり綱のたわみ切るることなく、永久(とこひさ)に大橋を守らせたまえ」
神社所有の無人の島に祝詞が読み上げられました
鍋島から穴部地区へと向かいます
反対側の南備讃瀬戸大橋の南橋台(7A)はルート最大のコンクリート建造物で水深50mの海底から設置ケーソン(型枠)工法で作られました
北備讃瀬戸大橋北橋台(1A)は与島穴部地区の陸上部にあります
ふりかえれば鍋島・・・
灯台の高さは9.8mと小さいですが、平均海水面から灯火までは29mあって、11海里(約20km)先まで灯は届くそうな
与島石できれいに積まれた石垣の間を進みます
民家の屋根の上に北備讃瀬戸大橋
穴部地区はルート上で最も騒音が問題になった場所だったと思いますが・・・
開通から30年を過ぎて空家と空地が多くなりました
16:38 V
この辺りでは列車が減速してるけど随分と大きな音が響きます
16:39 W
穴部の路地を進んでいると左へ分岐する小道がありました
与島PAの方向なので左へ進んでみます

島内には案内板の様なモノは全くないので
事前に良く調べておくか、誰かに訊ねるか(殆ど人には逢いませんが・・・)
やはり最後はヤマカン頼み
ここは三叉路になっており、水道が通るまで貴重な水源だった共同井戸でした
写真をよく見ると
採石業が盛んだった名残りでしょうか
石切り用の鋸の歯が井戸の蓋として利用されています
分岐を反対側の右へ上ると与島小学校に向かうようです
夏みかんと北備讃瀬戸大橋北主塔(2P)
ひょっとしたら八朔だったかも

小径を北橋台(1A)の方へ進みます
真近で見ると、でかくて圧迫感あるなぁ~
中央支間長990mの北備讃瀬戸大橋からの張力8万トンに耐える巨大なアンカレッジ
北備讃瀬戸大橋の下(中央支間の外)を潜ります
上の道は何の道だろう?
アンダーパスで潜ります
与島PAの展望公園に出て来たようです
広い駐車場ですが上下集約型なので、駐車台数は他のSAに比べると少ないかも
夕日に輝く南・北備讃瀬戸大橋(坂出方面)
宇多津・丸亀方面
ふむふむ・・・
あっ!(゜◇゜)
前回の第二駐車場エリアの模型があまりにも不憫なので並べときます(>﹏<)
第二駐車場エリアに今も残る同形模型
下電バスの上り便の第6便(最終便)は17時29分
まだ30分以上あるけど・・・
疲れたのでバスの待合所で休みます
今思えば与島プラザの屋上に展望所があったみたいで寄ってくればよかった
バス停は与島プラザの賑わいからは随分と離れた寂しい場所にあります
島に入って来る便も、出て行く便も全てこの前を同じ方向に発着していきます
16:57 ⑪
パーキング内の与島PAバス停から島内(塩浜)へ続く道
同じような道がもう一本ありましたがそちらは立入禁止になってるので
パーキングの第一駐車場と島内を結ぶ道はゲートのある車道の他には周遊歩道とこの道だけです
第二駐車場からは車を置いてなら何処からでも出る事が出来ます(与島散策マップ参照)
17:25 ⑪夜の帳が降りるとすっかり寒くなりました((,,´Θ`,,))
今日は元日で、まだまだ真冬

バスがやって来たので乗ろうとすると、坂出行の17時24分発の琴参バスでした
あまりにも寒いのでこれに乗って帰ろうかとも思いましたが・・・
少し前に島内に降りてくる下電バスの運転手と目が合っていて、
もう馴染みになってるので(今日4度目)
第二駐車場から折り返して来て、ここで待ってなかったら気になるかも知れないなぁ~( ̄▼ ̄*)
日が暮れるととにかく寒い
琴参バスを見送って、早く帰って来てくれ~と震えながら下電バスを待ちます
17時29分の第6便に無事乗車
この便が児島行の最終便になります
第二駐車場から折り返してきた下電バスに乗車
今日4回目の乗車ですが、終点のJR児島駅まで貸切でした
まるで迎えに来てくれたみたい(;^_^A
JR児島駅到着
18時の予定に3分早いけど・・・(; ̄ー ̄川
18時06分のマリンライナーを待ちます
マリンライナー51号で坂出駅へ
坂出駅18:23着で18:33発の147M快速サンポート伊予西条行に乗り継ぎます
遅延が生じて伊予寒川駅到着は4分遅れ
147Mの1両目の7000系と2両目の6000系の連結部分で度々大きな異音がしてました
今回の移動地点O-⑪
僅か一日ですが、瀬戸大橋を堪能し、橋脚の島の変遷も目の当たりにしてきました
あらためて瀬戸大橋開通から30年の年月の長さを感じました
各々の島に見残した箇所も沢山あるので春にまた訪れてみようかと考えています
今回もお立寄り頂きましてありがとうございました
では、また

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1.元日は瀬戸大橋 島巡り? へ
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5.架橋前の岩黒島と現在 へ
6.クマゼミの島 岩黒島 へ
7.与島 瀬戸大橋夢の跡 へ
【追記】
下電バス担当の瀬戸大橋線の路線バスが減便・廃止になる事が判明し
減便前の9月27日に再訪しました
2020-08-26