旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【3】

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(4)メカニズム面は保守的

 車体の外観が従来の特急形電車と比べて大胆かつ斬新になったのに対して、メカニズムの面では非常に保守的な設計となった。もっとも、この頃の国鉄の財政事情を考慮すると、新型車の開発に多額の費用を投じることなどできるわけもなく、結局のところ斬新とはいっても、車体構造は従来の急行形に手を加えたというのが実情だといえる。

 185系は電動カム軸式の抵抗制御と直流直巻電動機の組み合わせである。この組み合わせは、国鉄の電車としては最も一般的なもので、いずれも既に確立した技術であるので信頼性も高く、製造コストも安価に抑えることができる。その反面、私鉄などで採用されていたチョッパ制御などではないので、電力消費量もそれらに比べて高く、ランニングコストは高めであるといえる。国鉄でも1979年に電機子チョッパ制御を採用した201系が登場し、輸送量が過密の路線で回生ブレーキを使うことができたが、抵抗制御に比べると製造コストは非常に高いことなどから、こちらの採用はされなかった。

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 しかし、多種多様な車両を運用する国鉄にとって、抵抗制御+直巻電動機の組み合わせは、それまで使われ続けてきた実績と信頼性の高いものを使う方が開発費も抑えられ、従来の車両と部品の共通化も図れるし、検修部門にとっても185系のためにわざわざ新たな知識を学習する手間も省けるメリットがあった。

 185系が装備する主制御器は、電動カム軸式のCS43Aであった。先輩格の153系や113系が装備している同じ電動カム軸式のCS12ではなかった。このCS43Aは、もともと381系用に開発された主制御器であるCS43の改良形で、従来の特急形電車に装備されたCS15系とは異なり、多段制御による加速時のショックの減少やノッチ戻制御が可能になるなど高性能な制御器で、当時としては最新の装置であり、CS12と比べてきめ細やかな制御を可能にするものであった。

 一方、主電動機は国鉄の電車に装備されるものとしてはもっとも標準的なMT54直流直巻電動機を装備している。この主電動機は定格出力120kWで、定格出力100kWのMT46を装備していた153系の後継である165系を皮切りに、通勤形を除いて国鉄の新性能電車のほとんどがこの電動機を装備していた。185系が登場した1981年では、国鉄の多くの電車がこの電動機を装備していたので、検修の効率面からもMT54が採用されたのは手堅い手法だったといえる。

 台車もしかりで、185系はDT32/TR69が装備された。DT32系列の台車は、枕ばねをインダイレクトマウント式空気ばねとし、軸ばねをウィングばね式としたものである。軸ばねにウィングばね式を採用した台車にはDT21系列があるが、この台車の枕バネを空気バネに改良したDT32系列は、国鉄の特急・急行形電車ではもっとも標準的な型式であったため、実績も豊富で信頼性も高く、加えて標準的な型式の台車であれば検修側でも受け入れやすかったと考えられる。

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185系が装備するDT32H台車。国鉄の特急・急行形電車にもっとも多く装備されたDT32系列は、その実績も多く常に改良が重ねられたことから、信頼性の高い台車の一つだったといえる。(©Rs1421 [CC BY-SA 3.0], ウィキメディア・コモンズ経由で引用

  いずれにしても、メカニズム面では製造コスト、運用コスト、そして検修側の体制など当時の国鉄が抱えていた多くの問題とも関連していたため、従来の実績ある機器を採用する手堅いものとなったといえる。

(5)優等列車用としては似合わない高能力の装備

 このように改良が進んだ電装品を装備した185系であったが、一方で接客設備の面での電装品も、他の形式と共通化したものとなった。

 185系は製造当初から冷房装置を装備していた。しかし、一般的な特急形車両であれば、分散式のAU13系列を5個装備する。AU13系列は1個あたりの冷房能力は5,500kcal/hとそれほど強力ではないが、5個装備することで合計27,500kcal/hの能力を持たせることができる。また、分散式のため1個あたりの重量は集中式の冷房装置に比べて軽いため、天井部の強度もある程度でよいため製造コストもかからず、冷風のダクトも必要ないので天井の構造を簡単にすることが可能だった。

 ところが、185系普通列車としても運用されることが前提だったためか、103系などと同じ集中式のAU75系列の装置を装備することになった。AU75系列の冷房能力は1台あたり42,000kcal/hである。これは、AU13系列を5基装備したときや、パンタグラフを装備した電動車に採用されたAU71の28,000kcal/hと比べても能力が高い。

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▲AU75系列集中冷房装置とともに、185系の空調装置として装備された新鮮外気導入装置。ベンチレーターを配した代わりに、この装置で外気を客室内に入れ、空気を換気するいわば換気扇の一種であった。1978年に登場した781系電車以降の国鉄優等列車用の車両に装備された。写真は117系電車のもの。(©Tennen-Gas [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons経由で引用

  このように冷房能力の高いAU75系列が採用された背景は、普通列車で運用したときに停車駅が多いこと、それに伴い乗降用の客扉を頻繁に開閉することや、客室の窓も固定式ではなく開閉可能なものであったことから、客室内の温度を維持するためには冷房能力の高い装置の方が得策と判断されたためであると推測できる。一方、グリーン車はAU75を装備していることから、普通車に比べて乗客の出入が少ないため、冷房能力も普通車のように強力でなくても賄えるという考えに基づくのであろう。

 空調装置は冷房装置だけではなく、新鮮外気導入装置を設置した。従来の国鉄車両は外気の導入にベンチレーターを設置していたが、この部分は屋根の中でも雨水に弱く腐食しやすいことや、ベンチレーターは走行していないとその能力を発揮できない自然通風であることなどから、これらの問題を解決する策として1978年に開発された781系以降に開発された車両に採用された。