「基本的な情報の欠落」の記事では敢えて触れませんでしたが、『鉄道ジャーナル』において阪急や阪神、京阪が取り上げられる際に枕詞のように添えられるのが、「直通旅客はその多くがJRに移り」という類の表記です。しかし、これはそもそも真実なのでしょうか。以下、一部の記述が拙著【京阪神間直通輸送の復興計画】 と重複しますが、再度検証を加えたいと思います。
『鉄道ジャーナル』1995年11月号収録の鶴通孝「疾走!! 新快速」の記事によれば、「JR西日本が集計したデータも飛ぶ鳥を落とす勢いを見せつけており、とくに西側が顕著と言う。1989年度の阪神間一日平均利用者数は5万強だったが、1995年度の現在は13万人となんと2.5倍にも達し、東側の京阪間も1.8倍を記録する」とのことです。
京阪間直通の平均利用者数が示されていないものの、具体的な数値をある程度聞き出せている点は後年の記事より優れています。ただし、1995年度は初日の4月1日にJRが阪神・淡路大震災からの復旧を果たしているので、6月12日復旧の阪急神戸本線、6月26日復旧の阪神本線に対して優勢なのは当然です。また、比較的震災の被害が少なかった明石・姫路方面へ阪神間から移住した人が多かったと言われており、これもJRに有利に働きます。
そうした特需が含まれるこの時期にJRに対して取材を行ったのは、ある種意図的なものが感じられます。現に、これ以降の『鉄道ジャーナル』の誌面では、数値の修正が加えられないまま「JR西日本>並行私鉄」という固定的な図式が繰り返されることになるのです。
社会派を標榜する『鉄道ジャーナル』は、いわゆる「国鉄叩き」を行うことで読者の支持を集めてきた一面があります。公社である国鉄は叩かれても誌面に回答を示す形で取材に協力してきましたが、JRへの移行後はこの手は使えなくなりました。それでもなおJRの取材協力を得るためには、逆に礼賛に転じざるを得なかったのはないでしょうか。
その真偽はさておいても、JR西日本に対する『鉄道ジャーナル』の媚態は目に余るものがあります。私の知る限り、1995年度より後にJRの阪神間直通客の実数は『鉄道ジャーナル』誌上に表れておらず、JR西日本の存在を実際以上に大きく見せることに貢献しています。2005年4月25日の福知山線脱線事故までは、「新快速は速いから偉い」という論調に終始していたといっても過言ではありません。
これに対して、阪急の輸送状況については、『鉄道ピクトリアル』1998年12月増刊号において、阪急の代表取締役専務の山口益生氏(当時)が、次のように述べています。
「阪神間直通客のシェアということになると、JRの数値がないものですからはっきりしたことはわかりませんが、阪急の直通客はかつて年間1200~1300万人あったものが今は1000万人ぐらいになっています。10年ぐらいの長い期間で見ると、500万人近く減っているかもしれません。京阪間は、かつて阪急、京阪、JRの比率がほぼ1:1:1と認識していましたが、その後JRの一人勝ちになっているのではないでしょうか。阪急の減少は100万人程度ではないかと思います」
ここでも京阪間の直通客数は示されていませんが、阪神間については明示されています。年間1200~1300万人ならば1日3.3~3.6万人、年間1500万人とすれば1日4.1万人です。これが年間1000万人、1日2.7万人に減ったというのですから、最大で1日1.4万人の直通客が逸走したことになります。
阪神の輸送状況は、川島令三『関西圏通勤電車事情大研究』に記載されている、昭和59年度1日分の「阪神電鉄市域別OD表」が参考になります。「OD表」とは、「Origin = 発駅」と「Destination = 着駅」の間の全ての乗客の流れを組み合わせた表のことです。
それによると、阪神の大阪市内各駅と神戸市内各駅間の利用客数は38,900人、大阪市内各駅と神戸高速鉄道・山陽電気鉄道・神戸電鉄の各駅間が13,100人、合計52,000人です。ただし、大阪市内・神戸市内各駅とも都心部から外れた駅が多く含まれるので、梅田~三宮以西の阪神間直通客はもっと少ないことになります。恐らく阪急と大差ないでしょう。
いずれにせよ、阪急からの1.4万人に加え、阪神の直通客を全て奪ったと仮定しても、JRの阪神間直通客が1日13万人にまで増えることはあり得ません。よって、むしろ震災をきっかけにした通勤圏の拡大が増客の主因であったと判断するのが自然です。
この傾向は現在も残っていますが、マンション建設などにより阪神間への人口回帰が進んでいることを考えれば、13万人という「特需」より減っているのは間違いないでしょう。正確な最新データの公表が望まれます。
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